特許権は、ビジネスを優位に進めるうえでとても大切な権利です。世の中の仕組みとしては、独占禁止法により「独占してはいけない」というルールに縛られていますが、特許権等の産業財産権はその唯一の適用除外となります(独占禁止法第21条)。
このため、特許権を取得することができれば、自社のビジネスを独占的に優位に進めることができ、ライセンスによって収益の機会を拡大することも可能となります。また、特許出願中というステータスも有効であり、交渉、競争入札、契約などを進めるうえで役に立ちます。
では、特許出願はどのような流れで行えばよいのでしょうか?また、特許出願をして権利を取得するには、どのような要件を満たす必要があるのでしょうか?
今回は、特許出願の流れや要件、特許出願にかかる費用などについて解説します。
特許権とは
特許権とは、発明を保護するための権利です。特許を受けることで、特許を受けた発明(「特許発明」といいます)を独占排他的に実施することが可能となります。
ここで、特許権は、発明の完成と同時に発生するものではありません。特許権を取得するためには、特許庁に対して「特許出願」を行う必要があります。この特許出願が特許庁の審査官によって審査され、特許査定を受けた後に特許権が発生します。この点で、絵画や音楽などの著作物の権利を保護する「著作権」とは異なります。著作権は、著作物の創作が完成した時点で、ベルヌ条約に加盟する全ての国で権利が発生します。
特許出願をする主なメリット
特許出願をして特許を取得することには、どのようなメリットがあるのでしょうか?ここでは、特許を受ける主なメリットを4つ解説します。
- 特許発明を独占的に実施できる
- 他社製品との差別化が可能となる
- 他社による特許権の取得により自社技術を実施できなくなる事態を避けられる
- ライセンスによる収益機会が得られる
特許発明を独占的に実施できる
特許権を取得することで、特許発明を独占的に実施することが可能になります。
仮に第三者が自社に無断で特許発明を実施した場合、差止請求によって侵害行為を止めさせるよう請求できます。また、第三者の特許発明の実施によって被った損害相当額の金銭の支払いを求める、損害賠償請求も可能です。さらに、相手が故意であれば刑事罰の対象となります(特許法196条)。
このように、特許権を取得することにより、発明が非常に強く守られることとなり、第三者に無断で実施される事態を避けやすくなります。
他社製品との差別化が可能となる
特許を取得することで、他社との差別化が可能となります。
先ほど述べたように、特許権は独占排他権であり、他社が無断でこれを実施することはできません。つまり、ある製品やある機能の開発において必須となる特許権を自社が取得すれば、他社は原則として、その製品や機能を製造することができなくなります。
他社が、自社の特許権を回避するよう設計変更を行う余地はあるものの、それには時間がかかるケースが多いため、自社が先行者利益を得やすくなります。このように、特許権を取得することで「自社にしか作ることのできない製品」の開発が可能となり、他社製品との差別化を行うことができます。
他社による特許権の取得により自社技術を実施できなくなる事態を避けられる
自社が先に特許権を取得することで、他社に同じ技術の特許権を取得される事態を避けることが可能となります。
特許法は、先願主義が採用されています。このため、「先に開発に着手した側」や「先にその発明を思いついた側」ではなく、「先に特許出願をした側」が特許権を取得できる点に注意しなければなりません。
仮に、自社がその特許発明を独占するつもりがなく、「他社も自由に実施すればよい」と考えていたとしても、特許出願をすることが望ましいです。なぜなら、自社が出願しないうちに他社が特許出願をしてしまうと、その権利者の方針により、自社が今後その特許技術を実施できなくなるおそれがあるためです。
なお、自社が特許権を望まない場合であっても、自社技術を第三者に公開し、他社にその技術の特許権を取られないようにする配慮は必要です。自社の技術を公開することにより、その後に他社がその技術に関する特許出願を行ったとしても、特許要件を満たさず、特許権が取得されないからです。
また、特許法には「先使用権」が認められており、他社の特許出願前から自社がその特許発明を実施している場合には、他社による権利取得後も、許諾を受けることなく特許発明の実施が可能です。ただし、先使用権が認められるためには、特許出願前から特許発明を実施していたことを客観的に立証しなければなりません。
このため、自社が製品開発を行う場合には、いつからその製品を実施していたかの日時を特定し、その事実を示す証拠を残しておくことをおすすめします。
ライセンスによる収益機会が得られる
特許権を取得することで、ライセンスによる収益機会を得ることが可能となります。
自社の特許発明を他社が実施しようとする場合、自社からライセンス(実施権)を受けなければなりません。自社は、他社に対してライセンスをしないという判断を行うこともできます。その一方で、一定のライセンス料を受け取ることで特許発明の実施を可能とする判断も可能です。これにより、収益機会が得られます。
特許出願が登録されるための特許要件
すべての発明について特許が受けられるわけではなく、特許を受けるためには特許要件を満たさなければなりません。特許要件を満たさない場合、特許出願をしても拒絶査定がなされます。ここでは、主な特許要件を説明します。
- 産業上利用できる発明であること
- 新しいものであること
- 容易に考え出すことができないこと
- 先に出願されていないこと
- 公序良俗を害するものでないこと
産業上利用できる発明であること
1つ目の特許要件は、産業上利用できる発明であることです。
特許制度は、産業の発達に寄与することを目的とする制度であるため、産業上の利用を想定していない発明は特許を受けることができません(同1条)。たとえば、学術的や実験的にのみ利用される発明や、現実的に明らかに実施できないものなどは、この特許要件を満たしません。
新しいものであること
2つ目の特許要件は、新しい発明であることです(新規性)。
すでに公知となっている技術については、特許を受けることはできません。また、たとえ自社オリジナルの発明であっても、この技術が公知となっている場合には特許が受けられないことに注意が必要です(同29条1項)。
たとえば、書籍に掲載されたりテレビ番組で放映されたりした場合、その発明は新規性を失い特許を受けられなくなります。このため、特許出願を予定している場合、情報管理には特に注意しなければなりません。
容易に考え出すことができないこと
3つ目の特許要件は、容易に考え出すことができないことです(進歩性)。
その分野において通常の知識を有する者(当業者)が、公知技術に基づいて容易にできる発明については、特許を受けることができません(同29条2項)。
先に出願されていないこと
4つ目の特許要件は、先に出願されていないことです(先願)。
先ほど述べたように、特許法では先願主義を採用しています。このため、同一の発明について先に他社に特許出願されてしまうと、自社が特許権を受けることはできません。
公序良俗を害するものでないこと
5つ目の特許要件は、公序良俗を害するものではないことです。
他の特許要件をすべて満たしている場合であっても、「公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明」は特許を受けることができません(同32条)。
特許出願から登録までの基本的な流れ
特許出願から登録(特許査定)までの流れは、どのようになるのでしょうか?ここでは、基本的な流れを説明します。
- 先行技術調査
- 出願書類の作成
- 特許出願
- 方式審査
- (補正命令)
- 出願審査請求
- 実体審査
- (拒絶理由通知)
- 特許査定
- 特許権設定登録
先行技術調査
やみくもに特許出願をすると、特許が受けられず出願費用や労力が無駄になる可能性があります。このため、特許出願の前に、先行技術調査などの準備を行うことが重要です。
この段階では、「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」などを使い、すでに出願公開された特許出願などを調べます。その結果を踏まえ、特許出願の可否を検討したり、発明のブラッシュアップを行います。
なお、弁理士へ依頼する際は、この先行技術調査の段階からサポートを受けるとよいでしょう。先行技術調査には専門的な知識や経験が必要となるためです。
出願書類の作成
先行技術調査の結果を踏まえ、出願書類を作成します。特許出願にあたっては、次の書類を作成しなければなりません。
- 願書
- 特許請求の範囲
- 明細書
- 図面
- 要約書
特許出願に不慣れな企業は、これらの書類を自社で正確に作成することは容易ではありません。このため、出願書類は弁理士が代理で作成するケースが多いです。
特許出願
必要書類の準備ができたならば、特許出願をします。特許出願には書面で行う方法(郵送または特許庁の受付窓口への持ち込み)と、インターネットで行う方法があります。
郵送する場合、普通郵便などでの送付は避け、書留や簡易書留郵便、特定記録郵便で差し出しましょう。また、書面で出願する場合は、所定の箇所に特許印紙を貼付しなければなりません。特許印紙は、特許庁または集配郵便局などで購入できます。
インターネット出願を行う場合、インターネット出願用ソフトをインストールしたパソコンを使って電子出願をします。このインターネット出願ソフトは、電子出願ソフトサポートサイトからダウンロードすることができます。
方式審査
特許庁により特許出願が受理されたならば、方式審査がなされます。方式審査は、出願書類や各種手続きが法令に適合しているか否かを形式的に確認するステップです。このステップでは、特許発明の内容などまでが確認されるわけではありません。
(補正命令)
方式違反がある場合は、補正命令がなされます。補正命令を受領したならば、補正命令の内容を確認し、早急に「手続補正書(方式)」を提出します。
補正命令がなされたにもかかわらず、そのまま放置した場合や手続補正書によっても不備が解消されなかった場合、出願が却下され、特許が受けられなくなります。
出願審査請求
方式に不備がなかった場合や、補正書により方式の不備が解消された場合には、特許出願日から3年以内に出願審査請求を行います。特許庁は、出願審査請求を受けた後に審査官による審査を行います。このため、出願審査請求をしなければいつまで経っても実体審査が開始されないためご注意ください。
早期に特許権を得たい場合には、早めに出願審査請求を行ってください。なお、審査を早く行って貰う方法として、早期審査請求制度、スーパー早期審査請求制度がありますので、これらも状況により活用してください。
実体審査
出願審査請求をすると、特許庁の審査官により実体審査が行われます。実体審査とは、特許出願が特許要件を満たすか否かを審査するものです。
(拒絶理由通知)
実体審査において拒絶理由が発見された場合には、「拒絶理由通知」がなされます。
この段階では、まだ最終的な拒絶査定が決まったわけではありません。あくまでも、「このような理由があるので、このままだと拒絶査定になりますよ」との意味での通知です。
このため、拒絶理由の内容を踏まえて意見書や手続補正書を提出することにより拒絶理由を解消できれば、特許査定となります。一方で、拒絶理由通知に対応をしなかった場合や拒絶理由が解消されなかった場合には、拒絶査定となります。
特許査定
実体審査において特許要件をクリアすれば、特許査定がなされます。
特許権設定登録
特許権が設定されるには、特許登録料を納付しなければなりません。特許登録料は、特許査定の謄本送達日から30日以内に納める必要があるため、納付期限に遅れないよう速やかに納付しましょう(同108条)。
特許出願にかかる主な費用
特許出願や特許権の設定登録には、どのような費用がどの程度かかるのでしょうか?最後に、特許出願にかかる主な費用について解説します。
- 特許印紙代
- 弁理士報酬
- 出願審査請求料
- 特許登録料
- 特許年金
特許印紙代
1つ目は、特許印紙代です。特許印紙代は14,000円であり、これは特許出願にあたって特許庁に支払う費用です。
また、インターネットではなく書面で出願する場合には、別途「電子化手数料」がかかります。電子化手数料の額は書面の数によって変動し、次の式で計算します。
- 電子化手数料の額=2,400円+(800円×書面の枚数)
弁理士報酬
2つ目は、弁理士報酬です。
特許出願を自社で行うことは、容易ではありません。そのため、特許出願は弁理士に依頼して行うことが多いです。
弁理士報酬は自由化されており、法令などで報酬額が決まっているわけではなく、各特許事務所が任意で決めた料金です。一般的には、出願1件あたり25万円から35万円程度が目安となります。
また、特許庁から届いた「拒絶理由通知」への対応までを依頼する場合には、別途報酬がかかることが一般的です。意見書と補正書の合計で10万円から15万円程度が目安となります。
出願審査請求料
3つ目は、出願審査請求料です。
これは、特許庁に出願審査をしてもらうための費用です。先ほど述べたように、特許出願をしただけでは特許庁による実体審査は開始されず、実体審査に進むためには別途出願審査請求をしなければなりません。
出願審査請求料は請求項の数によって変動し、次の式で算定します。
- 出願審査手数料の額=138,000円+(請求項の数×4,000円)
なお、一定の要件を満たす中小企業や小規模事業者、スタートアップなどでは、減免措置が受けられます。
特許登録料
4つ目は、特許登録料です。
特許登録料とは、特許査定を受けた場合に特許庁へ支払うべき費用です。特許登録料は1年目から3年目の分をまとめて支払わなければなりません。
1年目から3年目における1年あたりの特許登録料は、次の式で算定します。
- 特許登録料(1年目から3年目の、1年あたりの金額)=4,300円+(請求項の数×300円)
つまり、登録を受ける段階では、次の特許登録料の支払いが必要であるということです。
- 特許登録料(1年目から3年目の合計額)=12,900円+(請求項の数×900円)
なお、こちらも一定の要件を満たす中小企業や小規模事業者、スタートアップなどでは、減免措置が設けられています。
特許年金
5つ目は、特許年金です。
特許年金とは、特許を維持するために特許庁に毎年納めるべき費用です。1年目から3年目の分については特許登録料として登録時点で支払うのに対し、4年目以降は毎年納めなければなりません。複数年分をまとめて納付することもできます。
4年目以降の特許年金の額は、それぞれ次のとおりです。
項目 |
金額 |
第4年から第6年まで |
毎年10,300円+(請求項の数×800円) |
第7年から第9年まで |
毎年24,800円+(請求項の数×1,900円) |
第10年から第25年まで |
毎年59,400円+(請求項の数×4,600円) |
なお、一定の要件を満たす中小企業や小規模事業者、スタートアップなどは減免措置を受けられます。ただし、減免措置の対象となるのは第10年分までであり、これ以降の分には減免措置はありません。
まとめ
特許出願の流れや特許を受けるための要件、特許出願にかかる費用などについて説明しました。
特許出願をする場合は、まず先行技術調査を行います。先行技術調査をしなかったり先行技術調査が不十分である場合には、特許要件を満たさず拒絶査定となる可能性が高くなります。なお、他社の特許権を侵害する可能性を低減するため、クリアランス調査と呼ばれる調査を行うことも重要です。
そのうえで、出願書類の作成などを進めましょう。また、拒絶理由通知などがなされた際は、速やかに対応することも必要です。
自社の開発において過不足のない的確な特許をスムーズに取得するためには、弁理士のサポートを受けることをおすすめします。
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