Published On: 2025年1月2日Categories: 特許権・実用新案権の取得By
特許の分割出願の要件は?分割出願のメリットと要件を弁理士がわかりやすく解説

的確な特許権を取得することは、自社の身を守り交渉を有利に進めることへとつながります。特に重要な特許を有している場合には他社への強い牽制となり、市場での優位性を保ちやすくなります。

そこで有効な戦術の一つが分割出願です。

特許出願は、特許請求の範囲の記載をある程度変更することができ、子供(分割出願)を生める豆腐のようなフレキシブルな状態です。この特許出願が設定登録されて特許権になったならば、豆腐が石のような状態となり、形を変えることが極めて難しくなり、子供(分割出願)を生むこともできません。

言い換えると、ある特許権が存在する場合に、その特許権の構成要件を全て実施しないと権利侵害にはならないため、他社は特定の構成要件を実施しないように配慮しつつ製品開発を進めるのが一般的です。このような状況が発生した場合に、特許権は形を変えることができないため、他社の行為に対処することができないのです。

このため、重要な案件については、特許権の早期取得を目指しつつも分割出願を審査に係属させておき、他社の行為に対処する余地を残しておくことが大切です。また、特許権の設定登録後に特許異議申立や無効審判を請求された場合であっても、分割出願が存在したならば、あらためて権利化を目指すことも可能となります。

分割出願ではなく新たに別の特許出願をする手もありますが、新たに別の特許出願をした場合には、出願日が新たな特許出願の出願日となります。このため、状況によって、どちらにすべきかを検討することが重要です。

それでは、この分割出願とは、どのようなものなのでしょうか?また、分割出願をするには、どのような要件を満たす必要があるのでしょうか?今回は、分割出願の概要や主な要件などについて、弁理士がくわしく解説します。

特許の分割出願とは

特許の分割出願とは、原出願(元となる出願)の「子ども」や「孫」にあたる出願です。一つの出願のみで権利を完結させるのではなく、原出願の際に明細書の記載を工夫して分割出願の余地を残しておくことが重要です。

なお、分割出願であっても新たな特許出願であることには変わりなく、原出願の存在をもって審査において有利となったり簡便となったりするわけではありません。

分割出願の主なメリット

分割出願のメリットは小さくありません。ここでは、分割出願の主なメリットを4つ解説します。

  • 出願日が遡及する
  • 原出願の公開後も新規性・進歩性要件を満たしやすくなる
  • 保護対象を上位概念化できる余地がある
  • 他社への強い牽制となる

出願日が遡及する

1つ目のメリットは、出願日が遡及することです。

特許権には先願主義が採られており、同様の発明であれば先に出願した側が権利を取得できます。ある発明をB社の発明者が先に完成した後にA社の発明者が同様の発明を完成したとしても、先にA社が出願したのであればA社だけがこの発明について特許権を受けられるということです。このように、特許において出願日は非常に重要な意味を有します。

そこで、分割出願をした場合、分割出願の出願日は原出願の出願日へと遡及します(特許法44条2項)。これにより、原出願の明細書に分割出願予定である技術の内容を記載することで、出願日を確保した状態で権利化を目指すことが可能となります。

たとえば、A社による原出願日が2025年1月15日であり分割出願をした日が2025年9月1日であったとしても、原出願日である2025年1月15日が分割出願日になるということです。

この期間内(たとえば、2025年8月1日)にB社が発明Xについて特許出願を行ったとしても、A社の原出願の明細書に発明Xに関する内容が記載されていたのであれば、A社が分割出願をしたのは実際には2025年9月1日であったとしても、発明Xの特許権はA社に軍配が上がります。

一方で、A社が発明Xについて単に(分割出願ではなく)2025年9月1日に出願をしたのであれば、A社は特許権を受けることができません。

なお、ここではB社が特許出願を考慮した場合について説明しましたが、権利侵害になるか否かを検討するうえでも出願日が重要です。上記の例で、B社が2025年8月1日に製品の販売を開始し、その後にA社が分割出願の特許権を取得した場合を考えます。

この場合に、B社は、A社が分割出願の出願日(2025年1月15日)以降に製品の販売を始めたため、B社には先使用権が認められず権利侵害になります。先使用権は、「A社の分割出願時に事業を実施していたことまたは事業の準備をしていたこと」が条件となるためです。

もし、A社が分割出願ではなく新たな別出願を2025年9月1日に出願していたならば、B社に先使用権が認められ、権利侵害とならない可能性が生じます。

原出願の公開後も新規性・進歩性要件を満たしやすくなる

2つ目は、原出願の公開後も新規性や進歩性要件を満たしやすくなることです。

特許を受けるには、発明について新規性や進歩性がなければなりません。新規性とは、その発明が出願前に公知となっていないことです。また、進歩性とは、出願時において公知となっている情報をもとに、その分野について通常の知識を有する人が簡単に発明できたものではないことです。

発明Xと発明Yとが一連の発明である場合、先に発明Xだけを出願すると、発明Yについて特許権を受けられなくなるおそれが生じます。なぜなら、発明Xを先に出願しこれが公開されたことで、発明Yについて新規性要件や進歩性要件を満たせなくなる可能性があるためです。

一方で、この一連の発明を分割出願とした場合には、発明Xの出願を理由に発明Yが新規性・進歩性要件を否定される事態は生じません。なぜなら、先ほど解説したように、分割出願の出願日は原出願の出願日へと遡及するためです。

保護対象を上位概念化できる余地がある

3つ目は、保護対象を上位概念化できる余地があることです。

分割出願の活用により、原出願から発明の保護対象を上位概念化できる可能性があります。

分割出願ではない場合、ある出願の請求項の文言が「バネ」である場合には、他社が「ゴム」についてその特許権を実施していても有効な対策をとることができません。「ゴム」は、「バネ」に含まれないためです。

一方で、原出願の請求項に「バネ」の用語のみが存在し、明細書にバネとゴムの両方のケースが記載されていた場合に、分割出願の請求項の文言を「弾力体」とすることで、他社が「ゴム」について発明を実施した場合には、これに対して差止請求や損害賠償請求が可能となります。「ゴム」も「バネ」も、上位概念である「弾力体」に含まれるためです。

このように、分割出願を用いた場合には、保護範囲を広くできる場合があります。なお、本来は、原出願の請求項に「バネ」ではなく「弾性体」と記載すべきところですが、現製品がバネである場合に現製品を意識するあまりに請求項の記載を上位概念化できていないケースが散見されます。

ここでは、わかりやすい「弾性体」を例示しましたが、実際の特許出願はより複雑です。このため、どのようなケースであっても、適正な請求項を記載できる弁理士を活用することが望まれます。

他社への強い牽制となる

4つ目は、他社への強い牽制となることです。

分割出願が想定される原出願をした場合、今後その権利がどのように形を変えるのか、他社は正確に判断することができません。発明が特許となった場合、これは「石」のように形が決まります。

一方で、分割出願がなされる余地がある段階では、権利は形が定まりきっていない「豆腐」のような状態であり、権利範囲がどこまで拡大するのかわかりません。

さらに、分割出願は「原出願と子どもにあたる分割出願の2段階」までに限定されておらず、「子どもである分割出願の子ども(原出願の孫)を作ることもできます。実際の実務では、一つの特許出願から数十の分割出願を行うことも稀ではありません。

このように、分割出願では権利内容が柔軟に変更される可能性があるため、他社は関連する発明について慎重にならざるを得ないでしょう。分割出願の余地を残しておくことは、他社への非常に強い牽制となります。

分割出願の形式要件

分割出願をするためには、形式要件と実体要件を満たさなければなりません。ここでは、2つの形式要件を解説します。

  • 原出願の出願人と分割出願の出願人が同一であること
  • 一定期間内に分割出願を行うこと

原出願の出願人と分割出願の出願人が同一であること

分割出願の出願人は、原出願の出願人と同一である必要があります(特許法44条1項)。原出願の出願人以外の者が、分割出願をすることはできません。

一定期間内に分割出願を行うこと

分割出願は、次の期間内においてのみ行うことができます(同44条1項)。

  1. 願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面について補正をすることができる時または期間内
  2. 特許査定の謄本送達があった日から30日以内(特許権設定登録前に限る)
  3. 最初の拒絶査定の謄本送達があった日から3か月以内

この期間を過ぎると、もはや分割出願をすることはできません。ただし、「2」と「3」の期間は延長されることがあります(同5項、6項、7項)。

分割出願の実体要件

分割出願をするには、実体要件も満たさなければなりません。最後に、分割出願の実体要件を3つ解説します。

  • 「原出願の分割直前の明細書等に記載された発明の全部」が分割出願の請求項に係る発明とされたものでないこと
  • 「分割出願の明細書等の記載事項」が「原出願の出願当初の明細書等の記載事項」の範囲内であること
  • 「分割出願の明細書等の記載事項」が「原出願の分割直前の明細書等に記載された事項」の範囲内であること

「原出願の分割直前の明細書等に記載された発明の全部」が分割出願の請求項に係る発明とされたものでないこと

1つ目は、「原出願の分割直前の明細書等に記載された発明の全部」が、分割出願の請求項に係る発明とされたものでないことです。

特許は「1発明1特許」が原則とされており、1つの発明について2以上の特許権を受けることはできません。そのため、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一である場合には両者が抵触することとなり先願要件を満たさなくなることから、分割出願について特許が受けられないこととなります。

「分割出願の明細書等の記載事項」が「原出願の出願当初の明細書等の記載事項」の範囲内であること

2つ目は、「分割出願の明細書等の記載事項」が、「原出願の出願当初の明細書等の記載事項」の範囲内であることです。

審査官は、分割出願の明細書等が「原出願の出願当初の明細書等に対する補正後の明細書等」であると仮定し、その補正(つまり、分割出願)が「原出願の出願当初の明細書等」との関係において、新たな事項を追加する補正であるか否かを判断します。そのため、分割出願の明細書等の記載事項が、原出願の出願当初の明細書の記載事項の範囲外である場合には、分割出願をすることはできません。

たとえば、原出願の請求項の項目が「ゴム」である場合において分割出願で「バネ」を対象とすることはできません。「バネ」は、「ゴム」の範囲内でないためです。一方で、原出願の請求項の項目が「弾力体」なのであれば、「バネ」や「ゴム」は分割出願の対象となり得ます。

「分割出願の明細書等の記載事項」が「原出願の分割直前の明細書等に記載された事項」の範囲内であること

3つ目は、「分割出願の明細書等の記載事項」が、「原出願の分割直前の明細書等に記載された事項」の範囲内であることです。

審査官は、分割出願の明細書等が「原出願の分割直前の明細書等に対する補正後の明細書等」であると仮定し、その補正(つまり、分割出願)が「原出願の分割直前の明細書等」との関係において、新規事項を追加する補正であるか否かを判断するためです。

なお、原出願の明細書等の補正ができる期間内に分割出願をした場合、2つ目の実体要件を満たしている場合はこの要件も満たされたこととなります。

まとめ

分割出願の要件や概要、分割出願をするメリットなどを解説しました。

分割出願とは、原出願の「子ども」や「孫」のような出願です。原出願の明細書に記載された技術内容が、分割出願の請求項となります。

分割出願をうまく活用することで他社への強い牽制となり、市場における自社の優位性を保ちやすくなります。そのため、自社の根幹ともなる特に重要な発明については、分割出願を検討するとよいでしょう。

ただし、分割出願を的確に行うには特許制度への深い理解のみならず戦術的思考が大切です。このため、分割出願を効果的に活用したいのであれば、経験豊富な弁理士を選んでサポートを受けることをおすすめします。

中辻特許事務所の代表である中辻史郎は陸自幹部技術高級課程などを経たのちに弁理士事務所を開業したという珍しい経歴を有しており、知財実務にも精通するという強みを有しています。分割出願の要件を確認したい際や、分割出願などを用いた知財戦術などをご検討の際は、中辻特許事務所までお気軽にご相談ください。