
先に特許を出願した発明と関連する発明について、後から出願する場合、「優先権の主張」ができる場合があります。このような出願戦略を知っておくことで、より価値の高い特許権を獲得しやすくなるほか、知財面における自社の価値を格段に高めることが可能となるでしょう。
では、特許出願における優先権の主張とは、どのようなものを指すのでしょうか?また、優先権を主張できる期限は、どのように定められているのでしょうか?
今回は、特許出願における優先権について「国内優先権」と「PCT国際出願」の概要を解説するとともに、優先権の主張期限や期限を超過した場合の対応などについて、弁理士がくわしく解説します。
特許権を受けるための主な要件
特許出願における優先権の主張について理解するためには、特許を受ける要件について理解しておかなければなりません。はじめに、特許を受けるための要件について解説します。
- 産業上利用できる発明であること
- 新規性があること
- 進歩性があること
- 先願であること
- 公序良俗を害さないこと
産業上利用できる発明であること
要件の1つ目は、産業上利用できる「発明」であることです。
発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものを指します(特許法2条1項)。次のものなどは「発明」に該当しないため、出願をしても特許を受けることができません。
- 自然法則自体:「エネルギー保存の法則」など
- 単なる発見であって、創作でないもの :エックス線自体の発見など
- 自然法則に反するもの :永久機関など
- 人為的な取り決めなど、自然法則を利用していないもの:ゲームのルー
ル自体など
- 技能など、技術的思想でないもの :フォークボールの投球方法など
また、特許法は「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」を目的としています(同1条)。そのため、産業上利用できる発明だけが特許の対象とされており、産業上利用できないものは特許を受けることができません。
たとえば、次のものなどが産業上利用できない発明に該当します。
- 人間を手術、治療、診断する方法
- 学術的・実験的のみに利用されるもの
- 実際上明らかに実施できないもの
新規性があること
要件の2つ目は、新規性があることです。
次の発明は新規性要件を欠くとして、原則として特許を受けることができません(同29条1項)。
- 特許出願前に、日本国内または外国において公然知られた発明
- 特許出願前に、日本国内または外国において公然実施をされた発明
- 特許出願前に、日本国内または外国において、頒布された刊行物に記載された発明または電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
つまり、出願前に製品化して一般販売された発明や、ホームページや雑誌・テレビの取材などで公然知られることになった発明は、特許を受けることができないということです。そのため、特許出願を予定している発明については、情報管理に特に注意しなければなりません。
また、出願した特許は、特許を受けられたか否かに関わらず、出願の1年6ヶ月後に公開されることとされています(同64条1項)。そのため、自社が過去にした出願と抵触する発明について出願する場合、自社がした過去の出願が障害となり権利化できない可能性があります。
後ほど解説する優先権の主張により、この点がクリアできる可能性があります。
進歩性があること
要件の3つ目は、進歩性があることです。
進歩性とは、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、特許出願前に公知となっていた情報に基づいて容易に発明できたものではないことです(同29条1項)。平たくいえば、すでにある発明を多少変えただけの発明では、特許を受けられないということです。
新規性要件と同じく、自社が過去にした出願から進歩性があるとまでは言えない発明について出願する場合、自社がした過去の出願が障害となって後の発明が権利化できない可能性があります。優先権の主張により、この点がクリアできる可能性があります。
先願であること
要件の4つ目は、先願であることです。
特許を受けるには先願であることが必要であり、同一の発明について他者に出願の先を越された場合には、原則として自社は特許を受けることができません(同39条)。発明を「思いついた順」や「製品化した順」などではなく、出願順であることに注意が必要です。
そのため、特に日進月歩で開発が進められている分野における発明については、他社に先を越されないよう、できるだけ早期に出願するべきでしょう。この点も、優先権を主張することでクリアできる可能性があります。
また、優先権の主張を前提とすることでまずは基礎的な発明について早期の特許出願をして、補足的な発明を後から出願することも検討できます。このような戦略的な出願を検討する際は、弁理士のサポートを受けることをおすすめします。
公序良俗を害さないこと
要件の5つ目は、公序良俗を害さないことです。
他の要件をすべて満たす場合であっても、公の秩序や善良の風俗、公衆の衛生を害するおそれがある発明については特許を受けることができません(同32条)。
特許で優先権を主張する主な効果
優先権とは、実際には後の日付で特許出願をしたにもかかわらず、先になされた出願の出願日に出願したとみなすことのできる制度です。
たとえば、先の出願Aが2025年4月1日になされ、実際には後の出願Bは2025年12月1日になされたとします。この場合において、出願Bについて優先権を主張することで、出願Bが2025年4月1日になされたものとみなされるということです。なお、「推定する」ではなく「みなす」であるため、反証はできません。
優先権主張による主な効果は、後の出願(出願B)について特許査定を受けやすくなることにあります。
先ほど解説したように、特許を受けるには新規性要件や進歩性要件を満たさなければなりません。しかし、自社が先に行った「出願A」に後に行おうとする「出願B」と抵触する部分がある場合、出願Bについて新規性要件や進歩性要件を満たさなくなる可能性があります。
優先権を主張した場合、出願Aと出願Bは同時になされたこととみなされるため、出願Aの存在を理由に出願Bの新規性・進歩性要件の充足が否定される事態を回避できます。
また、優先権を主張することで、先の出願から後の出願までの間になされた他者の出願に優先する効果も享受できます。
たとえば、先に挙げた例で出願Bと抵触する発明が2025年10月1日に他社Xによって出願された場合、2025年12月1日にした出願Bは原則として拒絶査定の対象となります。なぜなら、要件で解説したとおり、特許を受けるには先願である必要があるためです。
一方で、出願Bについて優先権を主張することで出願Bは2025年4月1日になされたこととみなされるため、他社Xによる出願ではなく自社がした出願Bに軍配が上がることとなります。
特許の「優先権」には2種類がある
特許の市優先権には、「国内優先権」と「パリ条約に基づく優先権」の2つがあります。ここでは、それぞれの優先権の概要について解説します。
国内優先権
特許出願の国内優先権とは、日本国内において主張する優先権です。
国内優先権の主張は、発明の基礎となる出願を先にしてから、これをベースとして改良をした後の発明と先の出願とを包括的にまとめる目的でしばしば活用されます。これにより、発明の成果について包括的で漏れのない特許権の獲得がしやすくなります。
国内優先権の基礎とできる出願は、先に自社がした出願です。ただし、次の出願を国内優先権の主張の基礎とすることはできません。
- 先の出願が、出願の分割に係る新たな出願、出願の変更に係る出願または実用新案登録に基づく特許出願である場合
- 先の出願が、国内優先権の主張を伴う後の出願の際に放棄され、取り下げられ、または却下されている場合
- 先の出願について、国内優先権の主張を伴う後の出願の際に、査定または審決が確定している場合
- 先の出願について、国内優先権の主張を伴う後の出願の際に、実用新案権の設定の登録がされている場合
ここで特に注意すべきであるのは、「3」です。後の出願をした時点で優先権主張の基礎としたい先の出願について特許査定(または拒絶査定)が確定している場合、もはやその出願を基礎に優先権を主張することはできません。
パリ条約に基づく優先権
パリ条約に基づく優先権とは、パリ条約の同盟国において特許出願した者がその特許出願の出願書類に記載された内容について他のパリ条約の同盟国に特許出願する場合において主張する優先権です。
特許の査定において、新規性や進歩性の要件は国内のみならず、他国の分も含めて判断されます。そのため、仮に優先権を主張できない場合、同一の発明について2025年4月1日に日本で、2025年12月1日に中国で出願した場合、日本ですでに公知となっていることなどを理由として中国での出願が拒絶される可能性が生じます。
そこで、パリ条約に基づく優先権を主張することで、中国での出願が(実際に出願手続きをしたのが2025年12月1日であったとしても)日本への出願と同じ2025年4月1日になされたものとみなされ、中国でも権利化できる可能性が高くなります。
特許で優先権を主張できる期限は?
特許出願で優先権を主張できる期限は、いつまでなのでしょうか?ここでは、それぞれ優先権主張の期限を解説します。
国内優先権:1年
国内優先権が主張できる期限は、原則として主張の基礎となる出願から1年間です。
ただし、先ほど解説したように、基礎となる出願についてすでに特許査定(または拒絶査定)が確定している場合、たとえ1年以内であっても優先権の主張はできません。
パリ条約に基づく優先権:12ヶ月
パリ条約に基づく優先権の主張期限は、パリ条約同盟国における最初の出願から1年間です。
パリ優先権の主張の基礎とできるのは、パリ条約同盟国において最初になされた出願のみです。たとえば、同一の発明について日本国内で2025年4月1日、アメリカで2025年12月1日に出願した場合には、この後行う中国での発明において主張の基礎とできるのは日本の出願だけということです。
なお、海外への特許出願ルートには各国へ個々に出願する方法のほか、「PCT国際出願」による方法があります。PCT国際出願とは、日本語(または英語)で出願することで、PCT加盟国へまとめて出願できる手続きです。
ただし、審査は一括でなされるのではなく、出願後に特許取得を希望するそれぞれの国について国内への移行手続きをとり、その後各国の基準に従って審査がなされます。
PCT国際出願の場合、日本の特許庁にしたPCT出願手続きをした日(優先日)から30ヶ月以内に、各国の国内移行手続きをすれば構いません。出願手続きをしてから時間をかけて移行国を後から決められる点が、PCT国際出願の大きなメリットです。
海外への特許出願については注意点が少なくないため、お困りの際は弁理士へご相談ください。
国内優先権の主張期限が過ぎた場合の対応
優先権の主張を検討している場合、期限を超過しないように期限管理に注意すべきことは大前提です。国内優先権の主張を予定していたにもかかわらず、この主張期限を超過してしまった場合にはどのように対応すればよいのでしょうか?ここでは、万が一期限が超過してしまった場合に検討すべき対応について解説します。
出願から1年半以内
特許は、出願から1年6ヶ月後に公開されることとされています。国内優先権の主張期限は過ぎてしまったものの、元となる出願から1年半以内であれば、まだ出願内容は公開されていません。
そのため、追加発明について独立した出願を行い、別の特許権として権利化を目指すことが有力な選択肢となります。
出願から1年半経過後
元となる出願から1年6ヶ月が経過している場合、元の出願はすでに公開されています。そのため、この元となる発明が公知となっていることを前提に、追加発明の新規性や進歩性が判断されることとなります。
この場合には、最初の発明の周辺部分(重ならない部分)を特許請求のメインとする新たな特許出願を検討するほかないでしょう。
特許の優先権の主張期限を超過しないための対策
特許出願にあたって優先権の主張期限を超過しないためには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?最後に、期限を超過しないための主な対策を2つ解説します。
- 知財戦略を策定する
- 弁理士にサポートを依頼する
知財戦略を策定する
対策の1つ目は、知財戦略を策定することです。
行き当たりばったりで権利取得を目指すのではなく、自社の経営戦略とリンクした地位材戦略を策定し全体を見通すことで、計画的な出願がしやすくなります。その結果、優先権の主張期限をうっかり超過する事態を避けやすくなるでしょう。
弁理士にサポートを依頼する
対策の2つ目は、弁理士にサポートを依頼することです。
弁理士に顧問として関与してもらうことで、優先権の主張期限をうっかり超過する事態を避けることが可能となります。優先権の主張など高度な知財戦略を的確に実施するには、戦略的思考を有する弁理士の関与は不可欠でしょう。
まとめ
特許出願における優先権の概要や優先権の主張期限などについて解説しました。
特許の優先権とは、後にした出願を、先の出願と同一であるとみなす制度です。これにより、先の出願が障害となり新規性要件や進歩性要件を満たさなくなる事態を回避できます。また、出願日が遡及されることで、先の出願後になされた他社による出願に優先することも可能となります。
特許出願において優先権が主張できるのは、原則として、基礎となる出願から1年以内です。
ただし、元の権利が確定した場合には優先権が主張できなくなることに注意しなければなりません。優先権の主張期限をうっかり超過する事態を避け、高度な出願戦略を使いこなすためには、弁理士のサポートを受けることをおすすめします。
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