企業経営をする中で、知的財産にまつわるリスク(以下、「知財リスク」といいます)を無視することはできません。知的財産の種類は多岐にわたり、発明などはもちろん、ロゴマークや企業名、ブログ記事なども知的財産の一つです。
では、企業にとっての知財リスクには、どのようなものがあるのでしょうか?また、企業が知財リスクを低減するためには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?
今回は、企業にとっての主な知財リスクを紹介するとともに、リスクを低減する対策などについて弁理士がくわしく解説します。
企業にとっての主な知財リスク
はじめに、企業にとっての主な知財リスクを紹介します。
- 他者の知的財産を侵害するリスク
- 自社が知的財産を侵害されるリスク
- 自社の知的財産権が無効化されるリスク
- 職務発明について従業員とトラブルになるリスク
- 営業機密の秘匿に関するリスク
他者の知的財産を侵害するリスク
1つ目は、他者の知的財産権を侵害するリスクです。他者の知的財産権を侵害すると、権利者による次の請求の対象となります。
- 差止請求:侵害行為を辞めることや、侵害行為による組成物を廃棄することなどの請求
- 損害賠償請求:侵害行為によって生じた損害を金銭の支払いで償うべき請求
- 信頼回復措置請求:新聞への謝罪広告掲載などの請求
なかでも、特許権について定める特許法や商標権について定める商標法などでは、侵害行為について過失を推定する規定が置かれています。つまり、他者が有する権利の存在を本当に知らなかったのだとしても、責任追及を免れられないということです。
また、故意(他者の権利の存在を知りながら侵害行為をすること)の場合には、懲役や罰金など刑事罰の対象ともなります。
このようなリスクを低減するため、他者の知的財産権を侵害しないための対策を講じなければなりません。
自社が知的財産を侵害されるリスク
2つ目は、自社が他者によって知的財産を侵害されるリスクです。
苦心して発明した技術を他者に模倣されてしまうと、発明コストを負担していない他者との価格競争で劣勢となるかもしれません。また、何とか育てたブランドについて商品名やロゴマークなどが模倣されてしまえば、自社製品と混同した消費者が他者の製品を購入し、想定よりも利益が上げられないおそれも生じます。
このようなリスクを逓減するため、企業は自社の知的財産を守る対策を講じなければなりません。
自社の知的財産権が無効化されるリスク
3つ目は、自社の知的財産権が無効化されるリスクです。
一定の要件を満たして出願することで、自社の知的財産について登録を受けられます。しかし、「実は要件を満たしていなかった」ことが後から証明された場合、登録を受けた知的財産権が無効となるおそれがあります。
たとえば、発明は特許権の対象であり、出願前に公知となっていないこと(「新規性」といいます)が要件の一つとされています。しかし、公知となっている情報を審査官が網羅的に調べることは困難であり、実際には新規性要件を満たさないにもかかわらず登録査定がなされるケースはゼロではありません。この場合であっても、後から他者に新規性要件を満たさない旨を証明されれば、せっかく取得した特許権が無効となる可能性があります。
このようなリスクを低減するため、特許などを出願する際には早期から弁理士のサポートを受け、要件から外れる行為をしないよう十分に注意すべきでしょう。
職務発明について従業員とトラブルになるリスク
4つ目は、職務発明について従業員とトラブルになるリスクです。
自社に勤務する従業員が職務の一貫で発明をしたとしても、その特許権は従業員個人に帰属することが原則であり、企業はこれについて通常実施権を獲得するにすぎません(特許法35条1項)。
ただし、就業規則や職務開発規定などに定めることで、職務発明に係る特許権を原始的に勤務先の企業に帰属させる取り扱いとすることが可能です(同3項)。この場合において、従業員は企業に対して相当の利益を請求できます。
この職務発明について、従業員の退職時などにトラブルとなるケースが少なくありません。職務発明についてトラブルに発展するリスクを低減するため、企業は就業規則などの条項を十分に検討する必要があります。
営業機密の秘匿に関するリスク
5つ目は、営業機密の秘匿に関するリスクです。
不正の手段によって営業秘密を取得する行為は、不正競争防止法で禁止される不正競争にあたります(不正競争防止法2条1項4号)。しかし、ある情報が営業機密に該当するためには、非公知性や有用性、秘密管理性の要件を満たさなければなりません。
万が一営業機密が盗用などされた場合において法的措置をとるためには、不正競争防止法の要件を満たすよう、アクセス制限などにより厳重に情報を管理すべきでしょう。
他者の知的財産侵害リスクへの対策
先ほど解説したように、他者の知的財産権を侵害することは企業が避けるべき知財リスクの一つです。では、他者の知的財産権を侵害しないためには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?ここでは、主な対策を3つ解説します。
- 先行調査を徹底する
- 定期的に知財の最新情報をチェックする
- 侵害調査を弁理士に依頼する
先行調査を徹底する
1つ目の対策は、先行調査を徹底することです。
先行調査とは、製品の製造・販売やロゴマークの使用などをする前に、その製品などが他者の知的財産権を侵害していないことを確認する調査です。
登録を受けている特許や商標などは、すべて公開されています。公開されている情報を調べることで、知らずに他者の知的財産権を侵害する事態を避けることが可能となります。
定期的に知財の最新情報をチェックする
2つ目の対策は、定期的に最新の知財情報をチェックすることです。
自社に関連する分野において新たに出願や登録がされた特許を定期的に確認することで、知らずに他者の権利を侵害する事態を避けやすくなります。また、技術のトレンドが把握しやすくなることで、自社における技術開発の方向性を定める際の参考となるメリットもあります。
侵害調査を弁理士に依頼する
3つ目の対策は、侵害調査を弁理士に依頼することです。
知財調査のなかでも、的確な特許調査には高い専門性を要します。そのため、自社だけで漏れのない調査を行うことは容易ではありません。
調査漏れにより他者の知的財産権を侵害する事態を避けるため、特許調査は知的財産の専門家である弁理士に依頼して行うことをおすすめします。
他者による知的財産侵害リスクへの対策
冒頭で解説したように、他者による知的財産の侵害も企業が抱える大きな知財リスクの一つです。ここでは、この知財リスクを低減する主な対策を3つ解説します。
- 必要な知的財産権を漏れなく取得する
- 出願を弁理士に依頼する
- 侵害に気付いたら早期に対応する
必要な知的財産権を漏れなく取得する
対策の1つ目は、必要な知的財産権を漏れなく取得することです。
営業機密や商標は、不正競争防止法でも保護されています。しかし、不正競争防止法で保護されるハードルは高めに設定されており、たとえば商標について保護を受けるには周知性や著名性の要件を満たさなければなりません。また、不正競争防止法違反に問うためには、原則として相手方に不正な意図が必要です。
そこで、不正競争防止法違反による対応は最後の砦(とりで)であると考え、自社にとって重要な知的財産については、可能な限り商標登録や特許登録などを受けることをおすすめします。
登録を受けることで、侵害時における法的措置のハードルが低くなるほか、偶然の一致であっても差止請求などの法的措置をとることが可能となります。また、他者に先に権利を取得されてしまい、自社がその知的財産を使用できなくなる事態を防止することにもつながります。
出願を弁理士に依頼する
対策の2つ目は、出願を弁理士に依頼することです。
特許出願や商標出願などは、自社で行うことも不可能ではありません。しかし、権利の取得自体がゴールではなく、自社の知的財産を保護することや知的財産を活用した利益の拡大などが目的なのであれば、弁理士のサポートを受けるべきでしょう。
なぜなら、的確な出願には知的財産に関する深い知識や経験が必要であり、自社だけで行うことは容易ではないためです。
たとえば、商標出願をする際には保護を受ける商品・サービスの区分を選択して行うところ、この選択を誤れば類似品が販売されても対応できないかもしれません。また、特許出願をする際は範囲を定めるべきところ、特許の範囲に不要な限定をつけてしまうと、使い勝手が悪く価値の低い特許となるおそれも生じます。
有用な権利を取得するための出願を自社だけで行うことは容易ではないため、弁理士に依頼して行うことをおすすめします。
侵害に気付いたら早期に対応する
対策の3つ目は、権利侵害に気付いたらできるだけ早期に対応することです。
権利侵害に気付いたにもかかわらず、これを野放しにすると、被害が拡大するおそれが生じます。その間にも、逸失利益などの損害額が膨らんでしまうかもしれません。また、権利侵害に鈍感な企業であるとの見方がなされれば、他者が侵害行為に追随するおそれも生じます。
権利侵害に気付いたら、早期に警告書を送付するなどして対処することで被害を最小限にとどめやすくなるほか、再発防止にもつながります。
知的財産権の無効化リスクへの対策
せっかく取得した知的財産権が無効化されるリスクを低減するためには、事前の調査段階から弁理士のサポートを受けるとよいでしょう。
早めの段階から弁理士のサポートを受けることで、要件について正しく理解しやすくなり、「自社がやってはいけないこと」なども明確となります。また、無効化リスクがある場合にはリスクのある部分を外して特許出願を行うなど、柔軟な対応も検討できます。
職務発明に関する従業員とのトラブルリスクへの対策
職務発明について従業員とトラブルとなる知財リスクを低減するための対策を2つ解説します。
- 職務発明規定を整備する
- 退職時の取り扱いを明確にする
職務発明規定を整備する
1つ目は、職務発明規定を整備することです。職務発明規定は独立した規定として設けるほか、就業規則内に盛り込むことも可能です。
職務発明規定や契約書などで特許権が企業に帰属することなどを明記していなければ、企業が原始的に権利を取得することはできません。規定がない場合、発明をした従業員が原則どおり特許権を取得したうえで企業は自動的に獲得した通常実施権を実施するか、従業員との個別の合意により特許権の譲渡を受けるほかないこととなります。
また、先ほど解説したように、就業規則などの定めに従って企業が特許権を取得する場合には、企業が従業員に対して相当の利益を付与しなければなりません。しかし、「相当の利益」の算定方法などは法令に明記されておらず、金額の多寡をめぐってトラブルとなるおそれがあります。
そのため、職務発明規定ではこの「相当の利益」の金額や算定方法などについても定めておくべきでしょう。
なお、就業規則などの規定により企業が原始的に特許権を取得し得る規定は、2015年の特許法改正によって設けられたものです。比較的新しい規定であるため、これに対応できる規定が整備できていない企業も散見されます。
自社に職務発明に関する規定がない場合や、規定はあるものの2015年改正に対応する内容となっていない場合などには、できるだけ早期に弁理士へご相談ください。
退職時の取り扱いを明確にする
2つ目は、退職時の取り扱いを明確にすることです。
職務発明規定において退職時の取り扱いを定めるほか、退職時にはあらためて規定の内容を双方で確認しておくべきでしょう。職務発明にまつわるトラブルは、従業員の退職時に発生することが少なくないためです。
特に、原始的に企業が特許権を取得するのではなく、2015年改正前の規定に従って使用者が譲渡を受けられる旨の内容の規定がなされている場合には、対価の額や支払い方法などについてトラブルとなりかねません。対価の支払い方法について就業規則などで規定されていない場合は、対価を一時金で支払うのか継続的に支払うのかなどを含めて慎重な協議が必要です。
協議がまとまらずトラブルとなる事態を避けるため、職務発明規定などでは退職時の取り扱いについても明確に定めておきましょう。
営業機密秘匿リスクへの対策
営業機密秘匿リスクをコントロールするため、特許出願は、出願するか否かを弁理士に相談したうえでよく検討することをおすすめします。
特許出願をした発明は、結果的に特許査定がなされたか拒絶査定がなされた(つまり、特許を受けられなかった)かにかかわらず、出願から1年6か月後に公開されます(特許法64条)。
一方で、先ほど解説したように、営業機密の不正取得などについて不正競争防止法違反に問うためには、その営業機密が秘匿されていたことなどが必要です。つまり、特許出願をした以上はその情報が公開されるため、結果的に特許を受けられなかったとしても、その発明に関する情報は不正競争防止法での「営業秘密」から外れてしまうということです。
そのため、特に重要な発明については特許出願をする選択肢がある一方で、出願さえしなければ秘匿できる可能性が高い場合には、あえて特許を出願せず秘匿することも一つの選択肢となります。
いずれが適しているのかは自社の方針や発明の特性、特許を受けられる見込みなどによって左右されるため、あらかじめ弁理士へ相談したうえで検討するとよいでしょう。
まとめ
企業が抱える主な知財リスクを紹介するとともに、それぞれの知財リスクに対応するための対策などについて解説しました。
主な知財リスクには、他者の知的財産を侵害するリスクや自社が知的財産を侵害されるリスク、職務発明について従業員とトラブルになるリスクなどが挙げられます。有用な対策はそれぞれの知財リスクや企業の状況などによって異なるため、弁理士へ相談したうえで、自社が講じるべき具体的な対策を検討するとよいでしょう。
弁理士は特許や商標などの出願代理ができるのみならず、企業の知財戦略を構築したり知財リスクを低減したりするサポートも担っており、知財のパートナーとなるべき存在です。
中辻特許事務所では具体的な出願手続きの代理のほか、企業の総合的な知財戦略の構築をサポートしています。また、海外における知財の保護についても、アドバイスや出願のサポートが可能です。
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