
他者の特許権を侵害すると、差止請求や損害賠償請求など法的措置の対象となります。当然ながら、他者の特許を侵害するべきではありません。
とはいえ、実際にビジネスを展開するうえで「特許侵害のラインはどこからなのだろう」と悩んでしまうことも多いのではないかと思います。
では、特許侵害であるか否かは、どのように判断されるのでしょうか?また、他者から特許権侵害が疑われた場合、まずはどのような対応をとればよいのでしょうか?
今回は、特許侵害の判断基準や他者の特許権を侵害しないための対策、特許侵害が疑われた場合の初期対応などについて、弁理士がくわしく解説します。
特許権とは
特許とは、発明を保護する制度です。発明について特許庁に出願して特許を受けると、その発明について特許権が発生します。
特許権が生じている発明は権利者(または権利者から正式なライセンスを受けた者)だけが適法に実施でき、これら以外の者が無断で実施すれば特許権侵害となります。
他者の特許権を侵害するとどうなる?
他者の特許権を侵害すると、どのような事態が生じるのでしょうか?ここでは、特許権侵害をした場合に生じ得る主なリスクについて解説します。
- 差止請求がなされる
- 損害賠償請求がなされる
- 信用回復措置請求がなされる
- (故意の場合)刑事罰の対象となる
なお、このうち刑事罰以外は、故意でない場合(抵触する特許権の存在を知らなかった場合)であっても免責されないことには注意が必要です。
差止請求がなされる
特許権を侵害すると、権利者から差止請求がなされる可能性が生じます。差止請求とは、侵害行為を辞めるよう求めることです。
これに加え、侵害行為に供した設備の除却などの予防措置を求められる場合もあります。
損害賠償請求がなされる
特許権を侵害すると、権利者から損害賠償請求がなされる可能性が生じます。損害賠償請求とは、侵害行為によって生じた損害を金銭の支払いで償うことを求めるものです。
通常、損害賠償請求をするには、請求者側が相手方の故意または過失の存在を立証しなければなりません。しかし、特許法では侵害行為の存在をもって過失の存在を推定する規定が置かれているため、損害賠償請求のハードルが非常に低くなっています(特許法103条)。
信用回復措置請求がなされる
特許権侵害によって相手方の業務上の信用が害された場合には、信用回復措置請求がなされる可能性が生じます。具体的には、新聞などへの謝罪広告の掲載などが求められることが多いでしょう。
(故意の場合)刑事罰の対象となる
故意に特許権侵害をした場合、刑事罰の対象となります。特許権侵害の刑事罰は、原則として10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金またはこれらの併科です(同196条)。
ただし、法人の業務の一環として侵害行為がなされた場合には、行為者が罰せられるほか、法人も3億円以下の罰金刑の対象となります(同201条)。
特許権の侵害はどこから?特許権侵害の基本要件
特許権の侵害であると判断されるラインは、どこからなのでしょうか?ここでは、特許権侵害の基本要件について解説します。
- 自社が特許の実施権を有していないこと
- 特許発明を「実施」すること
- 事業として行ったこと
自社が特許の実施権を有していないこと
1つ目の要件は、自社がその特許の実施権を有していないことです。
自社がその発明の特許権者である場合には、特許権侵害とはなりません。また、特許権者から正式にライセンスを受け、そのライセンス契約の範囲内で実施している場合にも特許権侵害は成立しません。
特許発明を「実施」すること
2つ目の要件は、特許発明を「実施」することです。
特許発明とは、特許を受けた発明を指します。特許には「特許請求の範囲」が定められており、ここに1つ(または複数)の請求項が記載されています。この特許請求の範囲外であれば、実施しても特許権侵害にはあたりません。
また、特許発明の「実施」とは、次のいずれかに該当する行為を指します(特許法2条3項)。
- 物(プログラムを含む。以下同じ)の発明で、その物の生産、使用、譲渡等、輸出、輸入・譲渡等の申出をする行為
- 方法の発明では、その方法の使用をする行為
- 物を生産する方法の発明では、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出、輸入・譲渡等の申出をする行為
このように、「実施」の範囲は広くかつ網羅的に定められています。
事業として行ったこと
3つ目の要件は、事業(ビジネス)として行ったことです。
そもそも、特許法は「産業の発達に寄与すること」が目的とされています(同1条)。プライベートで個人的趣味のために実施したとしても産業の発達を妨げるとは考えづらく、これは特許権侵害とはなりません。
特許権侵害の3分類
特許権侵害は、主に「直接侵害」「均等侵害」「間接侵害」の3つに分類されます。ここでは、それぞれ概要を解説します。
直接侵害
直接侵害とは、対象物(権利者でない第三者が実施している物)が、その特許の請求項に文言で表された構成要件をすべて充足する侵害形態です。
たとえば、請求項に記載された特許発明が「A」「B」「C」の3つの構成要件を備えているとします。この場合において、対象物がこれら「A」「B」「C」の3つの要素をすべて充足している場合などが直接侵害に該当します。
この直接侵害が、特許権侵害の基本形態です。
均等侵害
均等侵害とは、対象物が特許発明の構成要件を厳密には満たさないものの、実質的に見れば特許発明と同一の発明の実施であると評価できる場合における侵害形態です。
先ほどの例でいう「A」「B」「C」の構成要件を厳格にすべて満たさなければ特許権侵害が成立しないとなると、たとえば「A」「B’」「C」など少し変更しただけで侵害にあたらない実施ができてしまうこととなり、権利者にとって非常に不都合です。
そこで、最高裁の平成10年2月24日判決により、構成要素が多少異なるだけでは特許権侵害にあたると示されました。この判決によると、均等侵害の成立要件は次のとおりです。
- 特許請求の範囲と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと
- その異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること
- 「2」のように置き換えることに、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が対象製品等の製造等の時点において容易に想到ができたものであること
- 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一または当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではないこと
- 対象製品等が、特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと
少し乱暴に言うと、直接侵害にあたることを避けるために特許発明の本質ではない部分を少し置き換えたような場合(しかも、その置き換えがその分野の通常の知識を有する人には容易である場合)に均等侵害が成立し得るということです。
間接侵害
関節侵害とは、直接侵害にはあたないものの、特許権侵害を誘発する可能性が高い場合における侵害形態です。
特許権侵害を誘発する可能性が高いにもかかわらず、厳格に構成要件を満たさないからといって不問だとしてしまうと、特許権者にとって不利益です。そこで、特許法101条では侵害とみなされる行為(間接侵害)として次の行為を定めています。
特許の対象 | 侵害とみなす行為 |
物の発明 | ・業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等もしくは輸入または譲渡等の申出をする行為(1号)
・その物の生産に用いる物であって、その発明による課題解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であることとその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業としてその生産、譲渡等もしくは輸入または譲渡等の申出をする行為(2号) ・その物を業としての譲渡等または輸出のために所持する行為(3号) |
方法の発明 | ・業として、その方法の使用にのみ用いる物の生産、譲渡等もしくは輸入または譲渡等の申出をする行為(4号)
・その方法の使用に用いる物であってその発明による課題解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であることとその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等もしくは輸入または譲渡等の申出をする行為(5号) |
物を生産する方法の発明 | その方法により生産した物を業としての譲渡等または輸出のために所持する行為 |
特許侵害の有無の判断方法
ある行為が特許権侵害にあたるか否かは、どのように判断すればよいのでしょうか?ここでは、判断方法の基本について順を追って解説します。
- 特許公報を入手する
- 特許発明の技術的範囲を解釈し確定させる
- 特許権侵害の有無を検討し判断する
特許公報を入手する
はじめに、特許公報(特許掲載広報)を入手します。
特許出願すると、出願から1年6か月後にその内容が「公開特許広報」によって公開されます。そして、最終的に特許を受けた発明は、その後「特許掲載広報」にて公開されます。
特許掲載広報を確認することで、特許発明の詳細(特許請求の範囲、明細書、図面など)を知ることが可能となります。
特許発明の技術的範囲を解釈し確定させる
次に、入手した特許公報から特許発明の技術的範囲を解釈し、確定させます。
このステップにおいては、特許公報に記載された「特許請求の範囲」を読み込まなければなりません。また、必要に応じて明細書や図面なども参照します。
特許権侵害の有無を検討し判断する
ここまでで参照した情報をもとに、特許権侵害の有無を判断します。
ただし、自社の行為が特許権侵害に当たるか否か、明確に判断することは容易ではありません。迷う際は無理に自社で判断しようとせず、弁理士へご相談ください。
他者の特許権を侵害しないための対策
他者の特許権を侵害しないためには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?ここでは、主な対策を3つ解説します。
- 特許調査を徹底する
- 出願された特許を定期的に確認する
- 相談しやすい弁理士を見つけておく
特許調査を徹底する
1つ目は、事前の特許調査を徹底することです。
特許権侵害は、他社の特許権の存在を「知らなかった」からといって免責されるものではありません。そのため、万が一にも侵害することのないよう、研究開発の方向性を決める時点や実際に商品化に取り掛かる時点などでは特許調査を徹底すべきでしょう。
特許調査を徹底することで侵害のリスクを最小限に抑えることが可能となるほか、「車輪の再発明」ともいうべき無駄な発明を避けることも可能となります。
出願された特許を定期的に確認する
2つ目は、出願された特許を定期的に確認することです。
特許の状況は日々変化しており、特に注目されている技術分野においては日進月歩で開発が進められています。そのため、特許開発に取り掛かる前に特許調査をしたとしても、その後自社での開発が形になる前に抵触する特許を他社に出願される可能性はゼロではありません。
開発前に調査をすれば万全とはいえないため、新たに出願された関連しそうな特許には日々目を通すことをおすすめします。
相談しやすい弁理士を見つけておく
3つ目は、相談しやすい弁理士を見つけておくことです。
自社で的確な特許調査をすることや、関連しそうな特許が見つかった場合に自社の行為が特許権侵害行為にあたるか否かを判断することは容易ではありません。そのため、技術開発や特許出願に力を入れているのであれば、「かかりつけ医」のように相談できる弁理士を見つけておくことをおすすめします。
弁理士へすぐに相談しやすい環境を整えることで不安が生じた際にアドバイスを受けることが可能となるほか、特許調査や実際の出願などを代理・代行してもらうことが可能となります。その結果、知らずに特許権を侵害してしまう事態を避けやすくなるでしょう。
特許侵害が疑われた場合の初期対応
他者から特許権侵害が疑われた場合、権利者や代理人弁護士からまずは「特許権侵害警告」が送付されることが一般的です。では、特許権侵害警告が届いたらどのように対応すればよいのでしょうか?最後に、特許侵害を疑われている場合の初動について解説します。
- 早期に専門家へ相談する
- 侵害の有無を確認する
- 侵害の可能性がある場合には直ちに実施を取りやめる
- 相手の権利の無効化を検討する
早期に専門家へ相談する
特許権侵害警告が届いたら、これに安易に回答する前に専門家へ相談しましょう。相談先は、弁理士と特許権侵害事件に強い弁護士の双方がベストです。
両方の専門家を別で見つける前に、まずは日ごろから特許について相談している弁理士へまず連絡することをおすすめします。弁理士は知財に関する事件に強い弁護士と連携をとっていることが多く、相談すれば弁護士へつないでくれる可能性が高いためです。また、弁理士の知人の弁護士であれば、専門家間の連携もよりスムーズとなるでしょう。
侵害の有無を確認する
次に、弁理士とともに侵害の有無を確認します。実際に特許権侵害をしている可能性もある一方で、相手方による「勘違い」や「言いがかり」である可能性もゼロではないためです。
侵害の可能性がある場合には直ちに実施を取りやめる
確認の結果侵害の可能性があると判断した場合には、直ちに実施を取りやめ、相手方へ回答書を送ります。侵害の可能性があるにも関わらず、警告書が届いてからも侵害行為を続けると、故意であるとして刑事罰の対象となるおそれも生じます。
相手の権利の無効化を検討する
相手が有する特許権に抵触する場合であったとしても、そもそも相手方の有する特許権が無効であれば法的措置の対象とはなりません。そこで、状況によっては、相手の特許の無効化を検討することとなります。
たとえば、特許を受けるには新規性要件を満たす必要があり、出願前に公知となった発明については原則として特許を受けることができません。
とはいえ、審査官がすべての情報を網羅することは現実的ではなく、実際には出願前に論文で公開していたにもかかわらず特許査定がなされる場合もあるでしょう。そのため、出願前に公知となっていたことを示す証拠などを集めることができれば、相手の特許を無効化できる可能性があります。
まとめ
特許権を侵害した場合に生じ得る事態を紹介するとともに、特許権侵害の判断基準や特許権侵害の種類、侵害しないための対策などを解説しました。
他者の特許権を侵害した場合、差止請求や損害賠償請求など法的措置の対象となります。特許侵害であるか否かは、原則として対象物がその特許の請求項の構成要件をすべて充足するか否かで判断されます。
しかし、厳密には構成要件をすべて満たしていなくても「均等侵害」や「間接侵害」にあたる可能性もあり、自社で的確に判断することは容易ではありません。特許権を侵害しないためには事前調査を徹底するほか、相談しやすい弁理士を見つけておくとよいでしょう。
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